2010年06月20日

[M_2010_10]『告白』。

『下妻物語』も『嫌われ松子の一生』も見ていないのだが、湊かなえ『告白』を読んでそれなりに楽しめた者にとって、予告編における生徒たちのダンスシーンがいかにも違和感アリアリで、それがゆえに劇場に足を運ばざるをえなかった時点で、すでに中島哲也の術中にはまっていた。
そのシーンについて述べると、それ自体が「クラスにおける違和感」を表現するためのものであって、そこだけ切り取って予告編とすることで、「湊かなえ原作にはなかったシーンが挿入されている」かのように錯覚させられていたが、あのシーンは完全にあの文脈においては必要なシーンだった。
その上で、生徒たちの醜悪な空気(表情ではない、そこまでの演技はまだ出来ていない)を冷静にカメラに収め、『告白』前半の嫌な空気を、ともすれば原作の数倍もよく表現していたように思う。

告白とはconfessionであり、神の前でペルソナを外して何もかもをぶちまけることであるが、後半、ペルソナを外して、その執着を顕にする登場人物たちは、一瞬ホラー映画かと見まごうほど、残忍な人間として立ち現れていた。演技が云々に回収出来ないすごさがあった。

小説と映画の対比に意味はないのであるが、告白内容に重点のあった小説版から、告白が持つ仮面剥奪=表情に重点を移した映画版へ、明らかな「発展」であったと思う。
posted by 広域 at 20:21| Comment(0) | TrackBack(0) | カンショウすること | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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