2006年04月03日

交響詩篇エウレカセブン。

*注意!:・ネタバレあり。未見の方はスルーして下さい。
     ・しかも、自己陶酔的な評論じみたものになってしまいました。
      そういうのがお嫌いな方もスルーして下さい。
     ・でも、作品自体はメチャメチャお薦めなので、
      まだ見てない人は是非DVDを借りて見て下さい。


80年代がガンダムシリーズ

90年代がエヴァンゲリオンだとすれば

00年代を代表するアニメ作品はエウレカセブン

そう断言できるだけの作品だった。

エヴァとの類似性をあげつらって喜んでいるファンも多いようだが

エウレカセブンは、それとは根本的に異なるものである。

エヴァンゲリオンは、最終的にヒトの境界(=ATフィールド)を

融解させることにより人類の不安の対象である他者を除去し

その補完を達成する。

これに対し、エウレカセブンは、第47話で、

スカブコーラルとの同一化というエヴァ路線を明確に否定する。

そしてスカブコーラル、コーラリアンと人間との共生の可能性を

最後まで追求している。

(もっとも、その成否はブランクにされたまま終了した。

最後のゴンジイのセリフ「それぞれの進化の道」から察すると、

一旦別々の道を歩んだ後、再度共生の道を探るという方向性か。)

更に、エウレカセブンでは、

ユニークな個体としての個人の意思の力への信頼が感じられる。

セブンスウェル現象の発現、ニルヴァーシュの「変身」

セカンド・サマー・オブ・ラブの発生、エウレカの救出・・・

全てが1個体であるレントン・サーストンのエウレカへの思いが

引き金となっているのである。

他者の存在を前提とし、他者への思いを全肯定した上で

その他者とうまくやって行きましょうよ、ということなのであろう。

この点で、他者否定に立脚する、エヴァの方法論とは

根本的に異なるのである。

また、本作は、(チャールズとレイという例外はあるものの)

登場人物の死による感動、武力行使の悲惨さの訴えという

欺瞞の上にあざとさを塗りたくったような方法は採っていない。

メインキャラクターが誰も死なずに、ハッピーエンドを迎えるのである!

なんと素晴らしい!

安易に登場人物を殺さなくても、これだけの作品が出来るのである。

キャストのスケジュールの都合で、あっさりキャラを殺す

某SEEDなどは見習って欲しいものである。


また、エウレカセブンが提起した問題として(深読みかもしれないが)

「ヒト対非ヒト」という枠組での武力行使の正当性の問題がある。

本作の敵役デューイは、スカブコーラル、コーラリアンの殲滅を以て

人類の贖罪を計ろうとする。

それは、従来武力行使の正当性を考える上で暗黙の前提とされてきた

「ヒト対ヒト」の枠組とは異なるものである。

(ちなみに、エヴァンゲリオンも最終的にはヒト対ヒトの戦いに収斂する。)

これは、客体への自己投影可能性(要は被害者への感情移入)を超えた

武力行使という営みそれ自体への問題提起となったか。

あるいは近時、イスラム教世界対キリスト教世界の文化葛藤から

テロリストは人間にあらず的信念に則り

武力行使をしている国があるらしいが

そこへの、チクリとした皮肉であろうか。

(ちなみに、新大陸の某大国でもエウレカセブンは放送される予定である。

彼らの反応が楽しみだ。)

と、いろいろ難しいことを考えてしまいましたが

結果的に、誰も死なずレントンとエウレカがうまくいって良かったね!

ドミニクとアネモネもうまくいって良かったね!

という作品です。

まさか最後の最後に、電気グルーヴの「虹」(超名曲!)

BGMに持って来られるとは思わなかった!

イントロが聞こえた段階で「あれ?まさか・・・」と思ったけど

「くりかえす・・・」と聞こえた段階でニヤリ。

ちなみに、DRAGON収録のオリジナル版ですな。

閑話休題。

そして、レントンもエウレカも、スタートの頃から比べて大きく成長し

観ているこっちまで成長したような錯覚に襲われました。

上述のようなややっこしいことは考えず

美しい映像とポップなBGMに身を委ね

少年と少女の成長と恋の物語を楽しむ方が絶対に楽しいです。

多くの方々のように泣きはしなかったけれど

久しぶりに感謝と感動を持って観ることが出来た作品でした。

ありがとうございました。



・・・・

ちなみに。

上述のことを作品を観てる時に思ったわけではなく

自分の中で、あれこれ考えていたら

変なところに行き着いてしまった、という感じです。

楽しかったし、毎週日曜日が来るのが待ち遠しかったです。

願わくば、ブランクになった部分を

映画かなにかで補完していただけると1ファンとして大変嬉しいです。

あと、ラジオも楽しかったです(ここまでフォローしてると最早・・・)。

いいスタッフが集まっていい作品と番組を作る。

当たり前ですが、それが出来ていない時代だからこそ

エウレカセブンのような作品が貴重なのだと思います。
posted by 広域 at 15:49| Comment(7) | TrackBack(0) | カンショウすること | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは。久々に見たら最終回でした。
15,6話までは見てたはず。

広域くんのレビュー読んでるともう一度見てみようって気になります。
「のび太と恐竜」でも思ったけど。すばらしい。

GyaOで4/10まで1話〜25話が見れるようです。
Posted by ふじぷー at 2006年04月03日 20:48
「みんな一緒ではないんだよ。
話し合う以前にお互いは違う存在と
言うことをまず認めて、なおかつ
その上で手をとろうじゃないか。
議論はそれからだろ。」
という点はシンプルながらも
タイムリーなアプローチで
なかなか良い作品でしたね。
40話過ぎたあたりからの
ストーリーの加速具合もよかった。
ただ、最後の月面はちょっと・・・
Posted by CHINOOK at 2006年04月03日 22:26
ふじぷーさん>
いやはやお恥ずかしい・・・
恐悦至極です。
ぜひぜひ、再放送でチェック!して下さい!

CHINOOKさん>
月面は減点1ですな。
Gガンダムを彷彿とさせます。
Posted by 広域 at 2006年04月06日 13:16
月面のことなんですが、僕は感動しました。以前花の中に入り、サクヤとの図書館でのくだりなんですが、エウレカは本いっぱいにハートマークを書きました。それをスカブコーラルが引用したのではないでしょうか・・・スカブコーラルは言葉を発せない。だから形として精一杯の表現をしたのではないでしょうか。この作品はPF(フィソロジー・フィクション)哲学フィクションですね。で、HPにも「自分で答えを導き出すアニメ」とありました。だから僕はこう考えました。wwすいませんかってに;;
Posted by まんかいんど at 2006年04月07日 02:46
まんかいんどさん>
はじめまして&コメントありがとうございます。
なるほど。確かにそういう解釈は可能ですが
それでは、それが月に投射されていることの説明はつけづらいのではないかな、と思います。
魂魄ドライブまでならまんかいんどさんの説で説明がつくんですが・・・
その意味でも、やっぱり月面には納得がいってませんです。
Posted by 広域 at 2006年04月07日 16:20
最後にエウレカとレントンがキスしたあたりの月への何らかの光線、あれが何か関係しているのかと・・・気づいているかと思いますが、戸籍謄本ってゆうんですかあれ?最後にアクセルのじっちゃんが手にしていた籍の表なんですが、12006年4月2日なんですwwエウレカ、レントンと同じ年でしたww最高でしたww横道ごめんなさい;;
Posted by まんかいんど at 2006年04月07日 21:21
Posted by qqq at 2006年05月23日 14:17
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