2011年02月20日

[M_2011_03]『ソーシャル・ネットワーク』

世界で一番add a friendされているはずの男の孤独を、facebookの成長とともに描き出したとかなんとかいうまでもなくアカデミー賞で『英国王のスピーチ』に負けてしまったが充分評価された名作。
内容それ自体についてはもはやいうこともないでしょう。シリコンバレー怖いな、とか、ハーバード楽しそうだなとか、スピード感のある詩的なセリフは実際のハーバード生喋ってないんでしょ?Lessigが言ってたよ、とかそのくらいの感想はさておき。

その後、友人Rのツイートを見て、オーソン・ウェルズ『市民ケーン』を見る。驚く。構造が『ソーシャル・ネットワーク』と同じ。
『市民ケーン』の主人公ケーンは当時の大メディアたる新聞王。ケーンは順調に政財界の中で地盤を固めていくが、妻との関係で常に失敗する。戦友ともいえる友人から裏切られ、最終的には例の「ザナドゥ」で「バラのつぼみ」を残して死んでいく。
『市民ケーン』における新聞というメディアを、facebookというソーシャルメディアに置き換え行われた、戦前と戦後における企業トップの孤独の比較。そして、人間性の変化の照射。『ソーシャル・ネットワーク』の狙いはここにあったのか!

そうすると、『ソーシャル・ネットワーク』において必ずしも必要でないはずの、ザッカーバーグの元カノが冒頭とエンディングを飾るのも頷ける。多分、映画の中の「ザッカーバーグ」はこの後、女性関係で失敗して、ザナドゥでバラのつぼみを残して死ぬんだろう。
何も変わっちゃいないんだ。
posted by 広域 at 19:57| Comment(0) | TrackBack(0) | カンショウすること | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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