2009年06月21日

ほんがよみたい。

本が読みたいです。

といっても、当然ですが全く本を読んでいないわけではなくて

あれの話ですよ、あれ。



売れに売れまくっている村上春樹『1Q84』。

もうどこにいっても品切れ、要予約。

実は発売日に書店で見てはいたんですが

これほど手に入らなくなるとは・・・

「予約したら負けかなと思っている」ので

ブームが去るのをひたすら待っている次第です。


小説以外でも、仕事関係以外の本はほとんど読めていない状態です。

時間はあるのですが(ここ重要)、そちらにモチベーションが向かず。

R君から薦められた廣瀬純『シネキャピタル』とか

ある時期にまとめ買いした蓮實重彦とか

ワーキングプアものとかサブカルチャーものとか

なんとなくカバンに入れられることなく、本棚を肥やしています。

いかん、いかんぞ。
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2009年05月27日

本を読む人、酒を飲む人。

相変わらず本の虫としての生活は続けていますが

最近は図書館をよく利用するようになりました。

仕事場の近くの図書館が、アクセスもよく蔵書も豊富なので

ためしに、と使い始めたら意外とサイクルが構築されてしまって

2週に一回火曜日に返却→借り出しを繰り返しています。

図書館を利用する効用を誰かが書いていたような気がしますが

その中で最近実感を伴って印象的だったのは

「図書館で借りると、今まで読まなかった種類の本にトライできる」

ということです。

一時、好きな作家の本を買っているだけで積読の山が積みあがっていき

なかなか「名作」「話題作」「期待の新人」まで手が回らなかったのですが

図書館通いを始めてからは、比較的チャレンジングな選書をしています。

http://mediamarker.net/u/kouiki/

特に、『図書館戦争』なんて以前の状態なら絶対手に取らなかったし

乙一『銃とチョコレート』なんて、2100円もするわりに・・・なんで

買って読んでたらぶち切れてたでしょうし(笑)

図書館のもう一つの効用は、サイクルに組み込むことで

(いわば強制的に)小説を読む機会を作れることです。

最近は新書、思想周りで読みたい本が大量に出ていて

そっちに時間を取りたいのは取りたいのですが

せっかく始めた小説という趣味なんで、続けていきたい気持ちも強く

じゃあサイクルにしてしまおう!となっているのです。

でもアレとかコレとか読みたいものはいっぱいなのに

時間は限られているのがつらいところです。

もう少し時間を有効に使えれば・・・

そこ!酒飲まなきゃいいとかいわない!
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2009年03月04日

読書日記移行中。

最近ブログ自体では読書日記を付けてませんが

mixiの方では細々と書いておりまして

結局ブログで書かないのかといわれると

mixiで書いたものをもう一回ブログ用に書き直すのも面倒で

そのままブログでは書かなくなっているのでした。

mixiに書いていると、レビューを見て訪問してくれた人がわかるので

それはそれで励みになったりしている反面

一応クローズドってことになっているサイトで書いてても

記録の保存性に欠けるよなーと思っていたので

何か外部で(=ググれる)、保存性の高い(=エクスポートできる)

サービスないかと日々考えていたのが今週の話。

んで、マイミクさんに意見を聞いたり、自分でも探してみた結果

とりあえず、メディアマーカーを使ってみることにしました。

kouikiのバインダー↓
http://mediamarker.net/u/kouiki/

さきほど、2009年に入ってからのmixiレビューをコピペして

体裁だけ整えましたが、実際使い勝手がどうなのかは

何回か書き進めていかないとなんともいえないところです。

続かなかったりして(笑)

続いたら続いたで、mixiのレビュー200件をコピペしなきゃいけないんで

それは辛いなぁと思ってしまう次第です。
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2009年01月29日

舞城王太郎『ディスコ探偵水曜日』。

上下巻で約1000頁のメガ小説との戦いもようやく終わりました。

実は私は最初の100頁で、「つまらない」と判断していたんですよね。

もうだいぶ前の話なんでなぜそんな判断をしたかは

記憶が定かじゃないですが

記憶を探るに、事件がなかなか起こらないと感じたからだと思います。

振り返ってみるとそんなことないんですけどね。

その後、しばらく放置していた後で、

他人が「面白い」と評価したのを聞いて再開したという経緯です。

で、結局最終的な評価は、上巻は「面白い」

下巻込みだと「もの凄い」です。







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2008年12月31日

私的ブックアワード2008(今年は簡易版)。

毎年恒例の私的ブックアワードを駆け込み投稿です。

とはいえ、今年はmixiレビューに挙げた数が36冊で

月3冊というかなり泣けてくる少なさなので

一位挙げるだけにします。

今年の傾向として、本を読まなくなったのではなくて

小説を読む頻度が減ったというのがあります。

新書やビジネス書や思想書を手に取る機会が多く

そちらに時間が割かれたため、必然的に小説の頻度が下がりました。

なので、多分総読書数としては例年並みなんでしょうが・・・

言い訳はここまで!

今年のトップ1を挙げます!

選考基準は昨年同様

今年読んだ中で、自分が一番印象に残っているもの

とさせていただき

mixiのレビューの際に考慮している

「万人へのお薦め度」は除外させていただきました。

なので、mixiレビューで星が低かった作品が上位に来てますし

広域のお薦めだからと読んでも面白さは保証しません。

というわけで発表!


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2008年12月24日

西尾維新『不気味で素朴な囲われたきみとぼくの壊れた世界』。

久しぶりに小説を一気に読めてしまった。

それは、本書に何の内容もないからである。

石を投げてはいけない。

これは本書に関する限り、最上級の褒め言葉である。



主人公は、『不気味で素朴な囲われた世界』に登場した串中弔士の14年後。

彼はひたすら、「飄々としてつかみどころのない人間」を目指していて

14年後にその状態に到達する。

しかし、「飄々としてつかみどころのない人間」が行き着いた先は

実は人間すらなかった。

串中弔士自ら認めるように、「人でなし」である。

そんな「大人」になってしまった彼は・・・

あ、ダメだ、ネタバレになってしまうので、レビューはここまで。

あとは読んでいただいて、それぞれ感想を持っていただきたいが

一つ個人的な思いを述べれば、失われた10年に青春を燃やし尽くして

寄る辺なく大人になってしまうと、もはや「人」ですらないんだろうな

ということである。

所属や属性や、広く自己を規定する「アイデンティティ」を

束縛とみなして、そこから逃れるように育ってくると

実は何物でもなくなるというそういうお話でもある。

そうやって読むと、なかなか含蓄のある話だったのかもしれない。


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2008年11月12日

伊坂幸太郎『モダンタイムス』。

感想を書いたら、若干ネタバレ感が強かったので

全部追記に落としときます。

とりあえず、この段階で書いておきたいのは

本書は傑作だということであり

伊坂幸太郎が完全にステージを一つ上がったということです。

というわけで、ネタバレがかまわない人は追記へどうぞ。





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2008年10月21日

宇野常寛『ゼロ年代の想像力』。

なんだか、早稲田文学のシンポジウムに参加して

宇野常寛を見てきた後にこういうエントリを書くと幇間みたいですが

ちょうど読み終わったタイミングがこうなんだから仕方ないっすね。


著者は、PLANETSという批評同人誌の編集者でありつつ

東浩紀以降ようやく出てきた若い世代の批評家という人です。

本書は、東浩紀の「動物化」論、「データベース消費」論に対する

次の二点の批判から出発します。

1 東の議論の射程は、オタク系文化(要はラノベとエロゲ)に偏っているが、対象をそこに限る必要はない上、オタク系文化を最先端とすることでオタクたちに一種の免罪符を与えている。

2 東が最先端と評価する想像力=セカイ系の想像力は、一種の引きこもり主義だが、端的に「それでは生きていけない」という認識が広がりつつある。ゼロ年代のクリエイターたちはすでにそこを通過・突破している。

そして、著者が提示する「ゼロ年代の想像力」とは

引きこもりでは生きていけない/しかし、絶対的な価値が見いだせない

という中で、「絶対的な価値ではないと知りつつあえて」

ある価値を選択して生きていく想像力=サヴァイヴ系の想像力であり

その軸を武器に、小説、映画、ドラマ、アニメを

快刀乱麻を断つがごとく分析していくわけで読んでいて面白いです。

本書をかなり酷評する向きもあるようですが

売り物として充分なレベルではありますし

読みながら、自分の中に新しい軸ができた感じがあるので

それは著者としては成功の部類なんだと思います。


ただ、いくつか気になるところはあって

特に気になるのが、最終的な結論で

生き方の問題を、人的なコミュニケーションに回収した点です。

しかし、例えば、秋葉原殺傷事件の彼なんかは限界事例ですが

日常におけるコミュニケーションがほとんど成立していなかったわけで

しかも、コミュニケーションに参戦するためには

おそらく相当の苦痛を伴うという人々に対して

「何かやらなきゃ死ぬぞ」→「他人と会話しろ」というのは

メッセージとして強すぎるというか

世の中もっと弱い人ばかりだよなと思うのです。

(別にニート論壇擁護ってわけじゃなくてね)

おそらく著者からは「甘ったれたこと言ってたら死ぬんだから

死ぬくらいならコミュニケーションした方が楽でしょう」と

反論があるでしょうが、そこはそれ「ポストモダン状況」なんで

コミュニケーションの苦痛<死の苦痛という

著者が前提している不等式自体が普遍的には成り立たないでしょうと。

死んだ方がマシって人は何人もいるわけですし。

むしろ、安全地帯を、創作作品の中くらいには残しておいて欲しいなぁ

というのが、趣味的読書人の思いだったりします。

とはいえ、それによって本書の価値が毀損されるわけではないです。

とりあえず、皆様読んでみたらいかがでしょう。


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2008年10月19日

早稲田文学主催10時間連続公開シンポジウム。

20081019142208.jpg

早稲田文学主催の10時間連続シンポジウム

「文芸批評と小説 あるいはメディアの現在から未来をめぐって」

に参加してきました。

さすがに10時間通しでいると疲れますね。

頭にほとんど残ってない気がするのですが、垣間見えたのは

東浩紀は実は本当に頭がいいんじゃないかということと

前田塁=市川真人は回しがものすごくうまいということと

文学やら小説やら批評やらは、どうやら俺が考えている以上に

シリアスらしいとひしひし感じたことでしょうか。

批評家なんて需要がないんだから、一世代に一人いればいい

という福田和也に同調しつつ、自分に続く批評家を育てなければ

批評というチャンネル自体が死滅する可能性を見据えていた東浩紀が

ゼロアカ道場でどういう成果を示すのか

若い才能に絶望した挙句、福田和也に完全に同調してほっぽり出すのか

今後を見定める必要があるよな、とも思います。
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2008年10月16日

笠井潔『バイバイ、エンジェル』。

新本格とかメフィスト賞系作家にシンパが多い印象の笠井潔を

ようやく、というかいまさら読んでみたわけですが。

これ、1970年代の作品ですし。

なんというか、いまだ大きな物語が生きている清涼院流水

といった感じでしょうか。

(正確には、清涼院流水が極度にキャラクター化してるんですがね)

前半は「現象学的推理」なる

九十九十九の「神通理気」もびっくりの看板を掲げつつ

クラシックな探偵小説のお約束をきちんと守った古典的作品。

イニシャルだけの「裁き」の予告、首なし死体といった舞台を作られると

元ホームズ読者としては条件反射で読み進めてしまいます。

しかし後半は・・・ネタバレになるので書けないんですけど

大きな物語をめぐって思想的な対決が繰り広げられる哲学的作品。

探偵小説の看板を掲げ、そこの客の需要を満たしつつ

しっかりと文学であり通す。

そういう作家は最近いないよなぁ、としみじみ思った作品でした。


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2008年09月27日

中原昌也『中原昌也作業日誌2004→2007』。

絶望的に辛く、面白い。

文学を(あるいはおよそ文章を)書くなんてことは

楽しくもなんともなくて

ただただ苦痛を伴う恥のまき散らしに過ぎない。

社会の底辺で、人に笑われながら文章を書いていたって仕方ない。

全編を貫く、中原昌也の鬱状態が絶望的であればあるだけ

彼の信じられないほどの散財の爽快さが増す。

加えて夥しい量の映画鑑賞、破格の飲みっぷり、音楽活動。

21世紀にこういう人間がいたことが驚きだ。

読みかけの段階ですでにして私の人生に影響を与えていたが

今後、何度も参照することになるだろう。

読み終わってしまうのが惜しいと思った本はそれほどないのだが

久しぶりに、ああ終わってしまうと名残惜しくなった。

(R君からの借り物なので、返さなければならないし。

帯がドゥマゴ文学賞仕様になったものをいつか買おう)

今年読んだものの中ではダントツの面白さ。


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2008年09月13日

伊坂幸太郎「残り全部バケーション」。

オムニバス『Re-born はじまりの一歩』所収。

積ん読が消化しきれないので、とりあえず伊坂短編だけ読んで本棚へ。

他の作家さんたちも一生懸命書いているのは、重々承知なのだが

積ん読があり得ない量になっているのでご勘弁いただきたい。


さて、この短編は伊坂幸太郎のいい話成分だけを抽出したような作品。

両親の離婚を期に解散する家族。その父の元に「友達になりませんか」というメールが届く。そのメールを送った若い男は、社会の裏仕事を抜けようとしているのだが、家族と奇妙なドライブをすることに・・・


解散を間際にしていた家族が

若い男という異分子が混入することによって

一番家族らしい姿を見せるのが、皮肉といえば皮肉だし

ほっとする、美しいといえばそうともいえる。

「人生の残り全部バケーション」を始めようとする直前の

ワクワク感がきっとそうさせるんじゃなかろうか

修学旅行の前に、一気に結束力が増すみたいに。


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2008年09月12日

本谷有希子『グ、ア、ム』。

北陸は曇天で覆われている(らしい、行ったことないので)。

その土地で生まれた姉妹は、片や東京へ、片や大阪へ。

父親が企画した、母、姉、妹によるグアム旅行。

北陸を離れても、土地が与えた宿命からは逃れられないのか

グアム旅行をしても、グアムは台風。

・・・
以上、本書の内容。

田舎とか地方とか地元とか

そういうものの呪縛は強いのであーるというお話。


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2008年09月09日

ファウスト Vol.7 (2008 SUMMER) 。

20080909213047.jpg

ほぼレンガなファウスト vol. 7は佐藤友哉特集号。

佐藤友哉「ウィワクシアの読書感想文」
同「青酸クリームソーダ」
佐藤友哉×西尾維新対談
「佐藤友哉の人生・相談」
福嶋亮大「実在としての過去─『水没ピアノ』について」

と佐藤友哉祭。

全部について何か書くととんでもなく字数がかかるのでかいつまんで。

・「ウィワクシアの読書感想文」
どんな物語を読んでも救われないため

自分で物語を書くことによって救われていた男が

遺跡発掘の仕事に就いてから人並みの幸せを手にするのだが

その幸せが敗れた後(「終わり」の主題)に

他人の物語によって救われる物語。

今ある物語のスタンダードは

何百年後かに見ればスタンダードではなくなっているかもしれない

一種の民族的奇習であるという指摘。


・「青酸クリームソーダ」
鏡家サーガの「入門編」。

鏡家七人兄弟勢ぞろいで送る、久しぶりのユヤタン・ミステリ。

ただし、「入門編」とはいいつつ

これまでの鏡家サーガの知識が必要とされるので

間違っても最初の一本として読んではいけない。


・「人生・相談」
早く一冊になって欲しい。

・佐藤友哉×西尾維新対談
作風の変化、文庫化の際のこだわり

イラストから作風へのフィードバック等

講談社ノベルズ出身ならではの対談。


・福嶋亮大「実在としての過去」
佐藤友哉や西尾維新の作品が

佐藤ならミステリ、西尾ならミステリと日本語システムの蓄積が

内包するロジック(福嶋の言葉では「計算」)を意識的に省略しつつ

その残部を拡大させたり、縮小させたりしていることを指摘し

それが、東浩紀の動物化論にいう「非社会的=解離的な私」

=消費的な私という実在を背景に出てきたものであることを指摘する。

難解な評論。


いずれにしても、佐藤友哉を丸ごと堪能できる名企画。

ただ、上述の通り、レンガのような分厚さがネック(笑)

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2008年09月06日

辻村深月『子どもたちは夜と遊ぶ(下)』。

野球においては、「スーパーヒット」は存在せず

ただ「クリーンヒット」が存在するだけである。

教科書通りのスイングで、右方向へ

ないしセンター返しをするのが美しい。

辻村深月『子どもたちは夜と遊ぶ』を読んだ第一印象は

文字通りの「クリーンヒット」である。

目新しいトリックが展開されるわけではない。

むしろ、どこかで見たことのある(ベタな)トリックしか登場しない。

文体の上でも、森博嗣と伊坂幸太郎をミックスして

若干ウェットにしたようなもので、新しいものではない。

しかし、それらが不自然でない文脈で、フェアな形で提示されると

「スコン」とはまり、「やられた」という感じに至る。

新規で珍奇なトリックを用いなくても

ミステリとして上質のものが出来上がるという典型例であり

それを可能にしているのが、ウェットで情感的な文章を用いつつも

物語のパーツを極めてロジカルに

読者の心情を掌で転がすかのように配置する

辻村深月のストーリーテラーとしての能力である。


個人的には、ウェットで情感的な文章で入るなら

もっとドロドロの心情を描いて欲しいと感じるが

(むしろ情感的がかえって登場人物の悩みを薄っぺらにしている。

文庫版解説のように、本書に「共感」を覚えることはない)

本書をミステリとして読むならば、その点は些事だろう。

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2008年08月25日

辻村深月『子どもたちは夜と遊ぶ(上)』。

メフィスト賞出身作家を新規に開拓するのは久しぶりです。

大学受験間近の高校三年生が行方不明になった。家出か事件か。世間が騒ぐ中、木村浅葱(あさぎ)だけはその真相を知っていた。「『i』はとてもうまくやった。さあ、次は、俺の番ーー」。姿の見えない『i』に会うために、ゲームを始める浅葱。孤独の闇に支配された子どもたちが招く事件は、さらなる悲劇を呼んでいく。(Amazon.co.jpより)


まだ上巻なのですが、読ませる力が高い作家だという印象です。

読者が物語についての疑問を意図的に抱かせ

絶妙のタイミングで、その疑問を解消するストーリーを提示する点で

あぁうまいなと思います。

また、登場人物の内心を細かい描写が特徴的です。

反面、内心描写がくどくウェットになりすぎている嫌いがあるのは

個人的には好みではありません。

ついでに付言しておけば、メフィスト賞出身のせいだったり

舞台が大学の工学部だったり、コンピュータが多用されたりするせいで

どうしても森博嗣の影響が見え隠れします。

というか、今のところ、そのものずばり

「内心描写の細かい女性版森博嗣」という印象です。

ストーリーテラーとしては凄い人だと思うので

下巻でどの程度独自性が出せるかが楽しみです。

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2008年08月13日

J.K.ローリング(松岡佑子訳)『ハリー・ポッターと死の秘宝』。

ハリー・ポッターシリーズの最終巻。

事前情報で「誰かが死ぬ」とかなんとか煽っていたわけですが

その辺のところも含めて、ネタバレは避けまして

詳細は実際に読んでみて下さい。

そこを措いても、まとめるところはまとめ、伏線をきちんと回収しつつ

読者の「物語の見え方」を二転三転させる手際は

さすがJ.K.ローリングです。


シリーズものの最終巻を読むときいつも思うのが

「シリーズ全体の終着点Xが決まっている中で

いかに一冊の小説として完成度を高めるか」は

実に難しいということです。

みんなが期待しているエンディングに

誰もが予想しない形でたどり着く難しさといいましょうか。

やっぱりローリングもその辺は苦労しているようで

若干苦しい繋ぎがないわけではないのですが

まぁ許容範囲でしょうか。

ひとまず

ハリー・ポッターシリーズという長い旅路の終わりを祝いましょう。


実家の本棚に並んだハリー・ポッターシリーズ↓
20080812234203.jpg

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2008年08月11日

平野啓一郎『決壊』(下)(全体について)。

平野啓一郎の最新長編。

2002年10月全国で犯行声明付きのバラバラ遺体が発見された。容疑者として疑われたのは、被害者の兄でエリート公務員の沢野崇だったが……。〈悪魔〉とは誰か?〈離脱者〉とは何か? 止まらぬ殺人の連鎖。明かされる真相。そして東京を襲ったテロの嵐!“決して赦されない罪”を通じて現代人の孤独な生を見つめる感動の大作。


上巻を読んだ段階では

「今回の主題は、他者の身体性と、その身体性に回収されない「悪意」「殺意」それ自体がどのように展開するか、といった辺りにありそうな気がする」


と書いてみたものの

そんな単純な枠組に収まりきる作品ではなかった。

とにかく多様な問題を含んでいて、以下に挙げたものでも

確実に漏れがあるし、読者の数だけ問題を提示するのだと思う。

読み終わって思い返してみるだけで上述の身体性の問題の他

これと関連して、他人との関係性の中で分裂する自己の問題がある。

また、ネットが媒介となって事件が発生し

殺人現場の写真や動画が増殖していくことから

不特定多数の人間とインターネットの関係も問われている。

(この点は、平野啓一郎自身がブログで言及している。

http://d.hatena.ne.jp/keiichirohirano/20080729

さらに、本書で扱われる事件が

「システムからの離脱を希望する者たちによる、離脱のための殺人」

であることから

「離脱者」に対して刑法・刑罰(応報、改善)という枠組は有効なのか

離脱者に対しても(特にその被害者が)赦しを与えられるのか

といった問題が浮上する。

本書は、離脱者という「他者」を設定することで

既存のシステムの有り様を問うという点では完全に成功している。

しかし、では「離脱せざるをえなかった」人間

システムの中で弱者として搾取されるしかなかった人間は

どうすればよかったのか

その辺りの個人レベルの悩みをどう解決するかについては

完全に沈黙している。

ここの指針があれば、最高だったと思うのだが

それは望みすぎかもしれない。



20080813追記
朝日の書評欄に、『決壊』の書評が出てました。

http://book.asahi.com/review/TKY200808120151.html
posted by 広域 at 17:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 読むこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月29日

平野啓一郎『決壊』(上)。

平野啓一郎の最新長編。

今回の主題は、他者の身体性と

その身体性に回収されない「悪意」「殺意」それ自体が

どのように展開するか、といった辺りにありそうな気がするが

上巻全体が壮大な前振りなので、なんともまだ判断が付かない。

現段階で明らかなのは、本書が異様な労力を必要とする点である。

主要人物の一人である沢野崇の口を通して

平野自身が語っていると思われる三島由紀夫論

国内・国際政治論等がそれ自体が極めて難解であることもそうだが

物語の進行自体も、上巻のクライマックスに至るまでは

にじり寄るようにじりじりと進むという表現上の理由からも

かなり疲れる。

ただし、ようやく物語が動き始めたところで下巻に続いたので

下巻がかなり楽しみではある。

posted by 広域 at 09:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 読むこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月25日

神坂一『スレイヤーズすまっしゅ。1』。

Amazonのトップセラーを見ていたら

スレイヤーズの新シリーズが出ているようだったので

ちょっと期待して買ってみたら

短編集『すぺしゃる』が30巻を超えたのと

アニメ新シリーズスタートに合わせてタイトル変更したとのことで

軽く萎えたわけですが、今日は思い出話と若干の考察を。


さてさて、スレイヤーズには今を去ること15年前

中学時代にがっつりハマっていたわけで

2000年の長編最終巻『デモン・スレイヤーズ』を数年前に読んで以来

久しぶりに読んでみたことになります。

そこで愕然としたのが

中身が15年前から何も変わっていないという事実。

頻繁な改行、無駄に多いエクスクラメーションマーク

「ぢゃあ」とか「ををっ!」といった表現・・・

えっと・・・ここ2008年ですよね?

もはや伝統芸能。懐かしさを禁じ得ない。


今回の収穫は、「ライトノベルはなぜ速く読めるか」

がわかったということ。

それは「頻繁な改行」という

極めて漫画的な技法が用いられていることに起因するものでした。

スレイヤーズシリーズはご承知の通り(知らない人すいません)

地の文が主人公リナ・インバースの一人称で書かれているわけですが

だいたい一段落が一文=一セリフで構成されていたわけです。

これがなぜ極めて漫画的かというと、いくつかの偉大なる例外を除き

漫画の吹き出し一つは(当然ですが)一セリフで構成されていて

別の吹き出しに行けば別のセリフだからです。

そこではヴィジュアルに分節されたセリフのまとまりから

次のまとまりへと移動して、一目でそれを把握できるわけです。

スレイヤーズにおいては、頻繁な改行によって

一段落が一目でヴィジュアルに把握できるようになっており

それが書き手側の漫画的表現と、読み手側の漫画的読みに繋がり

戦闘シーンなどのスピード感と

異様な速度での読了を可能とすることに繋がっていたのだと

この年になって気づきました。

なんだか、中学の頃

一日一冊とかでライトノベル(当時はそんな言葉なかったですけど)

読めてた理由がわかったのが収穫です。


ちなみに、上述のことをmixiに書いた後googleってみたら

やっぱり同じ事考えている人(↓)はいるみたいですね。

http://efro.okwave.jp/qa2956702.html

この考察がライトノベル全般に適用可能かは

最近のを追えていないのでなんともいえませんが。

posted by 広域 at 20:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 読むこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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